前を向いて挫けず歩む卒業生の来訪

先日一人の卒業生から電話があった。
彼は第21期生。
この春このまちを離れて就職するから挨拶に行きたいという話。
そして昨日、久しぶりに訪ねてきてくれた。

彼に最後に会ったのは2019年春だろうか。
私が合格発表を見て回る途中(当時は今春からと
違って合格者の受検番号が各高校に張り出されていたから私はそれを見て回っていた、彼が通っていた高校の近くで会って以来のはずである。
彼のお兄さんもこの塾の卒業生だった。
大学が決まったときに報告に来てくれた記憶がある。
お兄さんはもう結婚されるという。
早いものである。

昨日の彼の話に戻す。
浪人していなければもう大卒社会人1年目を終えようかという頃。
いろいろあってこの春から就職するという。
大変なことがあったようだが(聞いたがここでは省略)彼は大学を卒業し、自分で選んだ道を歩き始めようとしている。
自分は「いろいろあった」人には多少の勇気を与えられるかもしれない存在だと自負している(そんなところを自慢しなくてもいい)
私もいろいろな経験をしたといってもせいぜい同年代の人並み程度だろうが、極めつけは5年前に(大げさでなく)死にかけたことだったかもしれない。
これはなかなか普通の人にはない経験だったか。

彼のところに「もう死んだらしい」とまでは伝わっていなかったようだが、やばいらしいとまでは風の便りで伝わったとか。
「大学合格を墓前で報告する」ところまで決意した卒業生(彼とは一つ世代が違う)がいたというのだから、その程度では何も驚かない(笑)。
先日も「今じゃ笑い話にできているわけだが」と知人と語り合ったばかりである。

そんな私の復活までの話ばかりして彼の話を聞く量が少なくなってしまった。
本当はもっといろいろ聞いておきたかったのだが。
ともかく、自分では制御できないことのために転んでもつまずいても、挫けず立ち上がって前に歩みを進める彼の姿に感動した。
自分で選んだ道、堂々と進んで極めてほしい。
後先考えずに生きてきた私よりもよほど立派だ。
月並みな言葉になるが、

頑張ってほしい

そう思わずにいられなかった。

彼は「うちの塾で学んだことを今も実感している」旨のことも言ってくれた。
それもうれしかった。
蒔いた種が芽を出しているのを見た瞬間だった。
世の中のどこかで私が蒔いた種はちゃんと芽を出している、そういうフィードバックがあると今の私自身にも大きな力になる。

ところで、弊塾のような塾だとこのように卒業生が何年かあとに訪ねて来ても私がいる。
これが大手塾だと人事異動があり、教えてもらった講師はもうそこにいないことが普通だ(「そこにいない」だけでなく、辞めてしまっているかもしれない。塾業界は人の出入りが激しい)
場合によってはその塾自体がその校舎を畳んでいるかもしれない(何校舎も持っている大手は当たり前だが常に採算を考えて動かなければならない)

個人塾だともちろん塾そのものが無くなっているという可能性もあるわけだが、この塾はありがたいことに29年経ってもちゃんとここにある。
数年前まで「この塾は私が倒れるか引退でもしない限りここで続きます」と放言していたが、何のことはない5年前に本当に倒れてしまったので(苦笑)それ以来はそういうことは言わないように気をつけている。
言霊。

昨日の彼のように、卒業生がいつか訪ねてきてもここに存在し続けている塾というのは、実は開塾当初からの私の願いであった。
これまでも大人になってから訪ねてきた卒業生はいたが、こういうときが一番嬉しい。
中学生のときに通っていた塾に(うちの塾は中3まで)、
・大学に合格しました と報告してくれる卒業生
・就職が決まりました と報告してくれる卒業生
だけでなく
・今こんな仕事をしています と連絡してくれる卒業生
・今こうやって生きています と顔を出してくれる卒業生
みんな私の宝である。
最近はそれに
・うちの子を通わせたい という卒業生
もぽつぽつ出てきているわけで、これもまた幸せな限りである。

ご存じのように?うちの塾はそういう「卒業後のつながり」を積極的に持とうと努力していない。
「〇〇(人生の節目)のときにみんなで集合する」等の約束をしているわけでもない。
大学合格や就職決定を報告してほしいと取り決めているわけでもない。
つまり私自身がそういう努力をしていない。
にもかかわらずわざわざ訪ねてくれる。
本当に嬉しい限りであり、幸せ者だなと思う。

   

岐阜県大垣市の学習塾「賢学塾」です。