2018年3月8日を終えて (2)

午後3時。塾に戻る。
今年も例年通り「入試が終わったら塾に寄ってもらっていいですよ」と塾生たちには言ってある。正式な行事ではない。塾としては昨日で全課程を終了している。疲れて早く家に帰りたい子もいるだろう。ショックで一人にしてほしい子も(いてほしくないが)いるかもしれない。やっと受験の重圧から解放されたところ、ご家族とともに過ごしたい子だっていても不思議ない。ということで、今日は気が向いた子だけどうぞ、ということになっている。塾に顔を出さなかった子には、あとで電話してお疲れさまと言うのが慣例だ。去年は1人だけ来なかったので、電話している。一昨年は時間差で全員揃った。そのとき来塾が遅れた子は、当時まだ存在した面接のせいでなかなか帰れなかったのだった(ちなみにその高校は、その年を最後に面接を廃止している)。
 
受検を終え、疲れている中、わざわざ塾に来てくれる生徒のために、今年も茶菓を用意する。近所のスーパーでジュースやお茶など飲料とお菓子数種類を購入。普段こんなことはしない塾なので、彼らの嗜好は全く分からない。とりあえず甘いものを優先してかごに放り込む。目についた黒豆せんべいも思わず手に取ったが、これは自分の趣味だな(しかも酒のつまみだ)と思い直して売り場に戻す。紙コップも切らしていたので2階の百均に行って大きめのものを手に入れる。
 
今日は高専に合格している子にも声をかけている。というか、本人が「明日来て残りの課題をやりたい」と昨日言うものだから、じゃあ夕方来て、ということになったのだった。高専は今日の午前中、合格者説明会をやっている。それが終わったあとでということだ。彼女はずっと高専の対策に取り組んでいたから、公立対策の課題はあまり手がついていなかった。それを気にしている。今日一日では終わりそうにない感じではあったが、気が済むまでやってもらおう。こうして、入試当日に公立高校入試対策の課題をこなす生徒を見ながら、公立高校入試を終えた受検生を待つという、ウチの塾21年の歴史で初めての状況が生まれた。合格してもなお、塾に通い続け(合格してからの通塾は弊塾では任意、つまり自由ということにしているのに)、しかも課題が終わらないからと(それも仕方がないことなのに)最後までかじりついてやろうという姿勢には頭が下がる。この意気で高専でも頑張って欲しい。
 
午後4時前後から続々と生徒たちが集まり出す。気がつけば、岐阜市まで受検に行った1名を除き、午後4時半くらいまでには全員揃っただろうか。なお、岐阜市内から帰るその子からは途中電話があり、到着は午後5時45分頃になるがいいですか?と言う。来てくれるなら来てもらったほうがこちらもありがたいしうれしい。待っていますと答えて電話を切る。せっかく全員そろうのなら、去年のように写真も撮っておきたい。高専生の卵をわざわざ呼んでおいてよかったと、ややほっとする。
 
さて、東高を受けた塾生のうち、今朝私に会えなかった2人。話を聞くと、1人は私に会えた他の塾生から私が来ていることを聞き、早く着きすぎたと思ったらしいが、もちろん彼が早すぎたのではなく私が遅かったのだからわびておく。そしてもう1人は、私が道路から体育館に向かって幟を立てていた姿を、遠くから見てくれていたそうだ。私のせめてもの思いが通じたのはよかった。やはり、やってみるものである。そしてこの彼女の一言に、私は大いに救われた。何だ、応援に行ってるはずが、逆に生徒に励まされたようなものじゃないか。
 
生徒たちに問題を見せてもらう。
開口一番「二元代表制が出たよ!」という言葉。そう、数日前に「本番直前模擬演習」で出したのだが、正答率が低く、昨日の解説授業で「出る可能性が高い」と高らかに宣言した問題だった。その通り出たので言った本人が驚いているのだが、今年も「前日敢えて強調した何かがそのままずばり入試に出る」という流れが続いたのはよかった。3年連続だろうか。社会は去年より若干ではあるが難しくなっているようにも思うので、たとえ1問でも彼らが救われたとしたら大きい。
理科、生物分野は動物に的を絞っていて、これまた前日の授業でやった相同器官の図がそのまま出ていた。まあやっていなくてもこのあたりの正答率は高いと思うが。この図が大問1の冒頭にあるということは、つまり生物分野は完勝か!と思ったら、なんと大問1は生物分野でなくて、去年まで大問5だった小問集合の総合問題になっている。総合問題が入る5問構成になってから初めての変化ではないだろうか。もっとも、他県では総合問題を最初に持ってくるところも多い。岐阜県もそれに倣ったということか。
この理科については大問4つを当てにいくのが精一杯で、小問までは正直積極的に当てに行く余裕もなかったが、音、密度など、大半を直前数日でカバーしていたのは大きかったはずだ。彼らもこのあたりはできただろう。大問2以降を見ると、地層と電流もずばり正解であった。特に電流は電力や発熱量を直前にやったから、これもできたと思う(やってなくてもできたよ、という声が返ってきそうだが)。大地も地震が出るかどうか迷ったのだが、岩石と地層に的を絞ってよかった。動物は出題がややずれてしまったが、それを除けば全体としては上出来。理科が苦手な生徒が2名ほどいたので、役に立てていたら幸いだ。
数学、近年の出題傾向を踏襲して対策を練ってきたが、おおむね予想通りの展開となった。大問2が統計の年だから大問1で確率を1問出すと思ったらその通りであったし、大問4の一次関数、大問5の合同の証明などはどこの塾も予想していただろうが当然ながら弊塾でもきっちりやった。ただ、全体に難しかったという反応が多かった。やってみると確かに取っつきの悪い問題がある。特に大問5の図形は、問題の図をそのまま使っていたら解きにくいという、岐阜県では新しいパターン。図を描き直すと理屈が分からなくても見た目で回答に至る筋は見当がつくような問題だが、時間に追われて余裕がない受検生たちにはきつい話だったかもしれない。
 
そんなことを考えながらしばらく静かにしていたら、教室内では生徒たちがめいめい勝手に答えを言い合って正解かどうか確認している。特に男子は熱心だ。まるで明日も入試があるかのように真剣に検討中だ。こちらがお菓子でもどうぞ、などと言えないくらい白熱している。彼らに水を差してはいけないと、たまに聞こえてきた正答を巡る議論にだけ反応して、駄目出ししたり、OKを出したりする。あまりに熱心だったので、大問5の図形の問題だけ、即席で解説授業をすることにした。教壇の前に立つと皆、こちらを向き直って問題を開き、真剣にメモをとる態勢だ。昨日まで見た戦闘モードである。いやいや、終わったことだからそんな真剣に聞かなくてもいいんだよと、こちらのほうが恐れ入ってしまう。
男子が答えの確認に盛り上がるいっぽう、女子は皆、あまり答えの確認には興味がないようで、まったりと話をしている。その合間、さきほどからいる高専生の卵が、やり残しの課題を見せに来る。彼女だけ一人、別教室で勉強するのも可哀想なので、こちらに来たらと声をかけようと思った午後5時半過ぎ、電話での予告よりも早く、岐阜から最後の1名が帰還。こうして全員がそろったので、今年も写真を撮る。去年も感じたことだが、受験勉強の重圧から解放された彼ら彼女らの笑顔は実にすがすがしく、眩しいほどだ。こういう顔は普段見たことがない。塾で冗談に反応して笑う顔とは全く質が違う。彼らがいかに真剣に、またいろいろなことに耐えながら頑張ってきたかがよく分かる。彼らだけで数枚撮り、最後に私も入ったものを撮って終わる。
 
6時頃、お開き。これも去年と同じ。第21期生が全員で集まる機会はこれが最後なのだが(ウチの塾は卒業旅行とかパーティーとかしない)、あまりそういうことをいうとこちらのほうがなんだかしんみりしてくるので、最後まで普段通り送り出す。すると、彼らのほうから「○年間、ありがとうございました」と一人ひとり声をかけてくれる。長い子で小学生から、一番短い子で去年の春からの1年間。本当によく通ってくれた。今までありがとう。私はあなたたちにたくさん救われた。今日の、最後まで。結果が出るのは1週間先だが、それまではのんびり過ごして欲しい。