大垣まつり

今日明日と大垣まつりらしい。
らしいと書いたのは私には行く予定がなく、今は神戸町民なので大垣市内の動きがよく分かっていないから。

 

 

子どものころ、大垣まつりは曜日に関係なく5/14,5/15だった。
大垣市内の小中学生は5/14が半日、5/15が一日休みだったのでよく覚えている。
街中の子は町内ごとに山車(本来は一文字で「車へんに山」だがPCでは出てこない。「やま」)をひくというので忙しかったのだろうが、私たちのほうはというと大垣市民とはいえ郊外・田舎の子だったのでそういうものとは無縁で、休みだからと街に遊びに行くだけの日だった。
市内の事業所にも休みにするところはそこそこあった気がする。
うちの父親の会社が休みだったときがあった記憶がある。
父親も山車をひいていたわけではない。
のどかな時代だった。

 

 

いつの間に土日開催になったがこれも時代の流れだろう。
商店街の商店主だけが担い手だった時代とは違い、土日にした方がまつりの担い手が確保しやすいということだろうと思う。
…などということを授業で話すと「えーいいなあ」という話になるのだが、当時の学校は土曜日も半日授業があった。
学校も社会も週休1日の時代。
だから年に一度のまつりでそういうことがあっても、今よりも「余裕」があったとはいえないだろう。

 

 

当時、高校生になって5/15が休みじゃなくなったときは悲しかった(当たり前だが「県立」で市外からも生徒が普通に来る高校が大垣市内だけの行事に気を遣う道理はない)
まつりで賑わう街の近くを自転車で下校するのである。
それだけで十分悲しい。
大学生になったらもっと寂しかったか。
大学からの帰り、大垣駅で降りたら否応なく大垣まつりで賑わう街中を見る(駅から南口に出ていた。当時はそれが「正面口」だったし私の家のほうも南だった)
そして街中を通って自転車で家に向かうのだから。
大学生のときのそういう記憶があまり残っていないが。
高校生以降は大垣まつりが遠い存在になったということがあるのかもしれない。
そして今も大垣まつりとは無縁の生活をしている。
先述したように今は神戸町民だし、土日開催→土日は普通仕事をしているから行く機会もないのだ。
私にとっての大垣まつりとは小中学生のころの思い出でしかないのだった。