毎年のことだが、「入試が終わったら塾に寄ってもいいですよ」と、塾生たちには伝えてある。
夜、呼び出したりはしない。また、「寄ってもいいですよ」であって「寄りなさい」でもない。
せっかく入試が終わって一息つける晩である。これまで毎日のように続いた通塾を一生懸命支えてくださったご家族とともにのんびり過ごしてもらうのが一番よい。お家の方だって「今日はどうだった?」「おつかれさま」といろいろゆっくり話したいこともあるはずだ。
他方、私もまた彼らの感想、手応えなど聞きたいと思うものだから、毎年、こういうスタイルをとっている。例年、大半の子が何らかのかたちで顔を出してくれるが、そうでなかった子には電話をしている。果たして今年は何人ぐらい来るだろう。
今年は(この塾にしては珍しく)茶菓を用意して待つことにする。もし来る人数が少なくて余っても、次に出す相手はいないから(ウチは現役の塾生に菓子を提供しながら勉強してもらう塾ではない。古くさいのかもしれないが、真面目なのだ)、自分で少しずつ消費することになる。歩いて平和堂に行き、慎重に量を検討の上、賞味期限を確かめて買ってくる。
入試を控えた最終盤は、忙しくて掃除もままならない状態だったので、急いで簡単に掃除をして片付け、何とか準備完了。午後3時20分、入試は終わったが、もちろん、彼らはすぐには来ない。例年の動きを考えると、早くても4時ぐらいじゃないかなと思っていたら、それよりも少し前に一人目が現れる。
「どうだった?」と聞くと「数学が…」という反応。易しくやりやすい他教科と比べると、数学は今年もやや難しかったようだ。例年通りであるから驚きはない。むしろ数学が易しかった年(最近で言うと一昨年)のほうが、全体に高得点の戦いになってしまうから「ミスが命取りになる」心配をしなければならない。
早速、問題を見せてもらう。数学の問題は、こちらが想定していたかたちと微妙ではあるが違っていた。一昨年から形式が変わり、去年もその流れを引き継いでいたので、今年も同じように…と考えていた。確かに基本はそのかたちだが、方程式を今年も□3に追いやり(それも連立でなく一次方程式…)、2次関数を□4で1ページ使って文章題で出すという以前のパターンに戻して出してきたのは、やや想定外だった。考えてみれば、2年続けての「方程式軽視政策」である。いや、これで来年も分からなくなった。方程式は今後も軽視されるのか、それとも来年は関数を軽くするのか。数学はまだ、出題形式が安定期に入っていないようだ。そんな中、2次関数は一昨年パターン、つまり放物線を使った問題に比重を置いて対策してきた。それは過去問題集「賢者の石」で文章題形式には慣れているいっぽうで、放物線と直線を使った問題が一昨年の1題しかないからというのもあった。他方、こうした想定外に備え、2次関数の文章題を最終一つ前の演習問題に入れておいたのは、今となってはせめてもの救いである。ただ、問題そのものは以前もあったような問題だから、驚きはない。□5の図形、ひたすら3:4:5の直角三角形という、面白い問題であったが、この比自体になじみのない生徒には、慣れない作業だったかもしれない。証明は単純なことに一つだけクッションを加えた、岐阜県の通常レベルの問題。図形の最後の問題、今年は補助線を引くこともなく、気がつけばすっと解ける問題で、「捨てる」ことなく取り組める問題であったが、これも得手不得手によるだろう。この辺りからは時計をにらんでの戦いだったかもしれない。焦り出すと、思いつかないということはあるだろう。そして□6。一昔前の「文章を落ち着いて読んでね」という方向に回帰した。以前、広告にこんな記事を出したことがあるが、今年はまさにそんな感じだ。難しいことはしていないのだが、時間配分に失敗して焦っている生徒には、酷な問題であったかもしれない。
理科は結構予想が当たってほっとする。2年続けてタイムリーヒットという感じである。いや、去年はホームランだったか。といっても、もともと理科は一番当てやすい(過去問を真剣に解いている受検生レベルでも当てられそうだ)から、同じ単元が出たくらいのことで喜んだり自慢したりしていてはいけないと自分でも言っている。したがって、当然ながらその程度の「当たり」では満足しないが、細かい部分も含めて結構当てていて、前日の授業と直結している内容も結構あったので、まずまずだったかなと。物理分野の予想で最後に迷いが出たことを一部の生徒に話したが、迷わず最初の選択をしたことが間違いでなかったことが分かり、改めて「迷ったら最初のほう」が証明されてしまった感じだ。ちなみに生物は完全に外している。またここを出したの?というのが正直な感想だ。ただまあ、あの辺りは彼らも得意な分野だろうから気にしてはいない。それにしても、生物分野は最近、明らかに出題が偏っている気がする。どこかで補正されるのだろうか。
国語、例年通りの易しさは今年も踏襲された。易しい過去問、それに沿って作った演習問題を超える難しい問題が出たらどうしようかなと毎年思っているのだが、岐阜県の国語はやはり岐阜県の国語だ。例年通りの対策で十分である。
社会は昨日塾でやったばかりのことが相次いで出題されていて、躊躇せずやっておいて本当によかったと思う。前日にこれだけ授業して空振りだったら空しいな、と喋っていたのだが、果たして空振りなどと言うことは全くなく、きれいなクリーンヒットであった。といっても、小問の一つひとつは多岐にわたる出題だから、理科のようにまるごとごっそりなんてことはなかなか難しいが。問題そのものについても触れておくと、毎年書いている気もするが、社会の問題用紙、英語や国語のように7ページ使ったほうがよい。問題文がぎゅう詰めで、レイアウト的にもう破綻していると思う。今年はさらに、問題内容も大問3つに収めることに無理矢理な感じが見える。かつて大問3の構成だった県でも地理歴史公民に総合的問題を入れて大問4の構成に変えたところは結構ある。メモと称して関連性の薄いことを問題文に強引に混ぜ込み、いろいろ出題するくらいなら、別の大問を仕立てたほうがよいと考える。
英語に関しては、ほぼ例年通りの難易度だったかなと思うが、英作文は少し難度が上がった気もする。それでもまあ、一昔前の「勝手に書き散らせ」的な不親切さと比べれば、まだまだ親切な類である。志望校にもよるが「平易な表現を確実に書く」練習をさせたい。英作文問題に関しては、作成する側が年々出題の腕を上げている感じが見えておもしろい。全体的に、数学同様、得意不得意で大きく差が出る内容になっている。長文は実戦的な演習を重ねることも必要だ。塾でもたくさん演習をしてきた。それが生かされているとよいのだが。
さて、教室の風景に戻す。1人目が現れてからほどなくして次々と塾生が現れる。どうやらこちらの想像よりは多く集まりそうだ。のんびりテーブルを囲むスタイルになっていた小教室はすぐ満員になって、中教室に誘導。やがてほぼ全員が来ることになって(結局来られなかったのは1人、彼には後ほど電話して、ほっとした声を確認している)、中教室=男子、小教室=女子という形に、いつの間にか分かれることになる。
入試の感想を聞く。熱心に問題の正解を知りたがる子から、まったりと過ごしたい子まで、実に様々である。倍率が高かった東高受検集団は、当然ながら点数が気になる。他方、北高を受けた面々は、合計点というよりも個々の問題があっていたかどうかの方に関心があり、私に「この問題の答えはどうだろう」と時々私に聞いては、間違えた、いや自分は正解したという話で盛り上がっている。
西高を受検した女子の一団は、雑談に花を咲かせていたので基本はそっとしておき、時々声をかける。来週水曜日までの「休み」をどう過ごすのか、この集団にまず聞いてみると、ねずみの国、あるいは普遍的な映画撮影所といった主題的園地に行く子が多いようだ。ねずみさんのところへは夜行バスで行くという子が多い。他方、名古屋に行くという子もいる。かつて名古屋に学生として4年も通った私だが、残念ながら今の名古屋のことはほとんど知らない。何か案内できるわけでもないので、話だけ聞いておく。いずれにしろ、気をつけて行ってもらいたい。
一通りのことが終わると、ある生徒から「全員で写真を撮りたい」という申し出。この子のお姉さんの代が、この春、高校を卒業した第17期生、つまり初めて写真を撮ってお別れした世代だ。それを聞いていたのだろうか。あいにく、塾には一世代前のデジカメしかないが、これでよければと写真を撮ることにする。カメラを向けてみると、普段は見せない表情をほぼ全員が見せるから面白い。結果は気になっても、緊張から解放された人たちの素直な喜びを感じる。これまで塾の授業で笑う場面も多々あったはずだが、それとは全く違う笑顔である。数枚撮った後、私も入って最後に2枚ほど撮る。
時計を見ると午後6時。想定通りのお開きの時間である。これで長かった2017年3月9日は終わった…と思ったら、外に人影が。
現れたのは、この春高校を卒業したM君であった。既に大学は決まっている。今、通塾している彼の弟君から、そのことは聞いていたのだが、わざわざ本人が現れて報告に来てくれたのだ。しかも「今日は普通授業がない」ことを事前に把握した上で来てくれるという気配りのよさである。中に迎え入れ、しばし歓談する。3年という歳月で彼は「思慮深い青年」という雰囲気が増した感じがする。他方、年を重ねて味わい深くなるどころか、年々軽くなる中年(←自分)と対照的な対話になって、これはこれで面白い。今のあの高校の状況など、貴重な話もたくさん聞かせてもらう。彼が4月から始めるのは、私が若い頃に憧れた街での大学生活だが、生活環境はなかなか厳しいそうだ。とはいえ、目的を持ってまっすぐ行動できる彼のことだから、きっと充実した大学生活、そしてその先につなげることだろう。若い頃の志の通りに上手くいかなくても、元気に生きている事例もあるから、気を楽に、と自分を指さしながら送り出す。まあ、それも彼にとっては余計なお世話だろうと思う。
最後の最後まで充実した一日であった。事務室に一人残り、しばし余韻に浸って……いると、さっきまでここにいた受検生の一人から電話が入る。テレビの解答速報を見て自己採点した友人と点数のやりとりをして不安になったのだという。よくよく聞けば、数学の証明・英作文・国語の作文を抜いた自分の点数と、全部込みでカウントした友人の点数を比較している。証明+英作+作文といえば、これだけで30点以上ある。白紙で出したわけでもなく、証明だけはやや不安な部分があるようにも聞くが、それでも0点はあるまい。そもそも、仮にそれらを除いても合格ラインには到達していると私は見ているので、安心しなさいと告げて電話を切る。彼女がどう感じたかは分からないが、お世辞でも慰めでもなく、本当に安心できる位置だと思うから、もしこれを読んでいたら、安心して来週水曜日まで過ごしてほしいと思う。
家に帰り、テレビの解答速報の録画を見る。某塾の面々が、難易度をどう考えているかを見るためだから、後半まで早送りする。彼らは昨年とあまり変わらない難易度と考えているようだ。これについては毎年恒例になりつつある例の記事を、週末辺りにまた書くことにする。
ウチの受検生に限らず、世間の受検生には不安を抱えている人もいるだろうが、来週木曜日の朝9時までは何を考えても仕方が無い。せっかくの休み、健康と安全に留意しつつ、緊張から解き放たれた気分を存分に味わって欲しいなと心から思う。