公立高校入試の朝

いよいよ本番を迎えました。
卒業生ならご存じでしょう。
入試の日の朝と言えば、私はほぼ毎年、どこかの高校の門前に立ってきました。
 
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ところが、3年前にコロナ禍が持ち上がって以降は、県教委からも塾に対して異例の「感染拡大防止のための応援自粛要請」が出され、応援に行くことができなくなりました。
この前、高校を卒業した23期生だけでなく、次の年もその次の年も…。
 
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しかし今年はそういった自粛要請は出ていません。
世間で「卒業式でマスクをつけるかどうか」が議論になったぐらいですから、当然の流れかもしれません。
4年ぶりの高校門前です。
今年は北高。
いつものように、のぼりを持って出かけました(1年に1回だけ活躍する幟。久しぶりの登場です)
 
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北高は校舎前面の敷地内を使ってうまく送迎の車を誘導しています。
今の校舎になってからずっと変わらないスタイルでしょう。
今朝も以前と同様でした。
 
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小さい塾がここまでする必要はないのかもしれません。
しかしこれは「義務」としてやっているのではなく、私の真心です。
ともに戦ってきた塾生への応援の気持ちです。
コロナ禍前の二十数年、続けてきたことです。
今後も「コロナ禍にともなう応援自粛」のようなことがなければ、続けていきます。
たいてい北高か東高の前に立ってきました。
南高に行った年もありましたね(応援のしやすさだけでいえば断然、南高なんですよね)
 
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入試の朝、高校の門前ではいろんなドラマを見てきました。
もう二十年ほど前のこと。
中学校が指定した集合時刻(以前は8時ぐらいのことが多かった)になっても塾生の一人が現れません。
おかしいなと思いながら私は門前に立っていました。
 
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受験生の人波も途絶えてしばらくの8時15分過ぎ、他の同業者のみなさんも続々と引き揚げていきます。
しまいには高校の先生まで「もう来る子はいないだろう」というので、示し合わせて校舎の中に全員、引き揚げてしまいました。
 
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誰もいない門前。
残ったのは私一人。
 
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しかし、一人会っていない(しかも気にしていた塾生だった)ので帰るわけにはいきません。
どうしよう、高校側の指定する集合時刻(当時は今と試験時間が若干違ったので8時半)になっても来なかったら、どこかですれ違ったのだろうと諦めて帰るかなと考えていました。
 
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そのときです。
向こうから高校に向かって見たことのない制服の女の子が歩いてきます。
彼女は高校の指定する正式な集合時刻にあわせてきた、他地区か他県の子だったのでしょう。
だれもいない、旗(当時はのぼりなどなく紙でできた手製の旗を持っていました)を持った私だけしかいない、がらーんとした高校の門前に驚いた様子でした。
 
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そりゃそうでしょう。
入試だと思って緊張してきたら、他の受験生も高校の先生も塾関係者もだーれも高校の入り口にいないのですから。
私を除いて。
 
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私は彼女に「おはようございます」と声をかけました。
彼女は恐る恐る「今日、入試ですよね?」と見ず知らずの私に聞きました。
「はい、そうですよ。大丈夫ですよ、みんな奥の体育館のほうに行ってます。あっちです。がんばって」と、まるで高校の誘導の先生のようにその子に教えたのを、今も覚えています。
私は「ちょっといいことしたかも」と一人、悦に入っていましたが、そんな場合ではありません。
 
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来ていない塾生、どうした?
 
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その瞬間、向こうのほうから自転車2台が猛スピードで門のほうにやってきます。
「ほら言ったやろ」「やっぱりそうやったんや」などと話す声が聞こえます。
見ると2台のうちの1台は、私が待っていたうちの塾生でした。
どうやら彼らは中学校の指示した集合時刻でなく、高校の指定した正規の集合時刻めがけてきたようです。
これについては別の年にも別のエピソードがあるのですが、それはまた別の機会に。
 
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彼らに自転車置場を指示する人もいないので、私が「あっちにとめて」「奥の体育館に行って」とこれまた誘導しました。
励ます暇もなく彼らは高校の奥に消えていきました。
 
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懐かしい思い出です。
高校入試当日朝と言えば、今のところあれ以上の思い出はありません。
あのときの女の子は無事合格したのだろうか(件の塾生は合格しました)。
二十年以上たった今も、当の本人たちがもう30代も後半になっている(40近い?)昔のことを、ふと気にする瞬間があるのでした。
 
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