「内申書」の評定をめぐる風景が変わる?

以前も紹介した通知表の評価を巡る話に関連した記事を見かけたので。
主体的に取り組む態度(関心・意欲・態度から続いた項目)が評価を付ける観点からなくなる?ということに関して。


変わる「通知表」の成績づけ 学校での主体性って挙手?振り返り?:朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/ASTD10PRCTD1UTIL01WM.html
学校の成績が気になる季節です。高校入試にも中学の54321の評定が使われますが、その元となる3観点に「主体的に学習に取り組む態度」が入っているのは、ご存じでしょうか。知っている子の中には、挙手や職員室へ質問に行く回数を増やしたという子もいます。でも、次の学習指導要領から「主体的態度」が評定付けの観点から外されそうです。
前回の学習指導要領改訂で、小学校は2020年度から、中学は21年度から、「主体的に学習に取り組む態度」が「知識・技能」「思考・判断・表現」とともに、評定の3観点になりました。それ以前も「関心・意欲・態度」は観点の一つにありましたが、自分で学びを調整できる人間に育てるという狙いから、「主体的態度」が入りました。

教科学習における「主体的態度」と聞いて、何が浮かびますか? つまらない授業でも積極的に挙手し、発言することでしょうか。真面目にノートを取り続けることでしょうか。成績に影響するとなると、教員の顔色をうかがってそうする子どもも出てきます。


私がこの業界に飛び込んだ30年ほど前から、通知表の「関心・意欲・態度」あるいは「主体的な態度」というのはずっと「悩みの種」であった。

真面目で意欲的で「アピール」が上手な子はいい。
しかし真面目に取り組んでいても「アピール」が苦手な子もいる。
ましてごく普通の子は⋯
成績を気にして先生の顔色をうかがうなんて論外だろう。
本来あってはならないことのはずだ。
そうしたこともあって現行の「主体的に取り組む態度」に変わったということだそうだが、本質はあまり変わっていなかったように思う。

そもそも、今ある「主体的な態度」の前身である「関心・態度」は1980年(昭和55年)の指導要録の改訂で明示されたそうだ。
しかし当時は


この「関心・態度」の評価は、何を「関心」とし、何を「意欲」とするのかという評価の難しさにより、評価対象として重視されたとは言い難い状況でもあった。
(文科省の道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議(第3回)平成27年8月6日(木曜日)13時~16時にあった資料から→資料8 髙木委員 発表資料「指導要録の改訂
と学習評価の変遷」
)から


ということで、現実の評価への反映は限定的だったようである。
私自身のことを振り返っても今日ほどは意欲や態度が重視されていた覚えはあまりない(遠い遠い昔のことなので曖昧な記憶だ)
多少は反映されていたかなあ、という程度だったように思う。

しかし、1991年(平成3年)の指導要録改訂で


観点別学習状況の評価の一番初めに「関心、意欲、態度」が取り上げられた。
→ これによって、評価規準における「関心、意欲、態度」の重要性が、明示化された。
(文科省の道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議(第3回)平成27年8月6日(木曜日)13時~16時にあった資料から→資料8 髙木委員 発表資料「指導要録の改訂
と学習評価の変遷」
)から


ここから今のような評定の付け方の流れが一気に加速したと。
平成の間はずっとそうだった。
それが記事にあるように4,5年前から「主体的に取り組む態度」になった。
平成にあいだ加速した流れに対する修正が令和から始まったという感じだ。
確かに「主体的に学習に取り組む態度」に項目が衣替えしてから、学校の評価にも若干の変化が出てきたように思わなくもない。
しかし基本的な傾向はあまり変わっていない。
私の塾講師生活は30年ほどしかないが、その間ずっとこうした評価と向き合ってきたといってよい(自分自身が30年通知表の評定をつけられていたわけでもないので大袈裟)

次の指導要領からはそういう類の項目がついに評定を付ける基準から外れるという。
(成績にならない観点としては残るという。個人個人の成長を見て育てるというということらしい)
関心とか意欲とか(主体的な)態度とかいうのは、そもそも入試にも関わる「成績」につける類のものではないという、当然のことにやっと気づいたということだろうか。

今の中学生の保護者世代はこうした関心・意欲・態度への評価がどんどん強化されていく中で中学生活を送った世代。
次の指導要領(中学生は2031年度から全面実施)からはそうではなくなることは該当世代(2031年度以降というといまの小学校低学年から下が中学生ということか)の保護者各位の頭の片隅にでも入れておいていただいていいかもしれない。
といって昭和55年の改訂ですぐに現場が大きく変化しなかったように、今回もすぐに現場が変わるのかどうかまではまだ私には分からない。
30年以上の間、言葉が変わって若干の修正はあったが続いた評価だ。
ということは現場の先生のほとんどは今の評価に慣れてきたということでもある。
先ほども書いたように私も30年しかこの業界にいない。
初めての経験ということになるのだろう。

  

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